これまでの歩み
日本新薬の歴史
| 1911年 | 11月 | 京都新薬堂創業 | ![]() |
|||
| 1919年 | 9月 | 個人経営の京都新薬堂の事業を継承、 日本新薬株式会社を設立 |
||||
| 1919年 | 10月 | 営業開始(創立) | ||||
| 1934年 | 9月 | ミブヨモギを原料とするサントニン製造法特許登録 | ||||
| 1934年 | 11月 | ミブヨモギを研究するために山科試験農場開設 | ||||
| 1940年 | 5月 | 日本新薬製造の国産駆虫薬サントニンが初めて市場に出る | ||||
| 1944年 | 2月 | 「サントニンの研究及び製造」に対し 第一回技術院賞を受賞 |
![]() |
|||
| 1944年 | 9月 | 札幌工場竣工 | ||||
| 1949年 | 6月 | 株式を京都証券取引所に上場 | ||||
| 1951年 | 12月 | 「サントニンの研究及び製造」に対し保健文化賞受賞 | ||||
| 1952年 | 1月 | サントニンを初めて海外輸出 | ||||
| 1953年 | 10月 | 山科薬用植物研究所開設 | ||||
| 1954年 | 3月 | 西大路総合工場竣工 | ||||
| 1956年 | 3月 | 株式を大阪証券取引所に上場 | ||||
| 1961年 | 4月 | 食品部新設 | ![]() |
|||
| 1962年 | 3月 | 研究所(現、創薬研究所3号館)竣工 | ||||
| 1962年 | 9月 | 株式を東京証券取引所に上場 | ||||
| 1964年 | 7月 | 小田原工場竣工 | ||||
| 1966年 | 12月 | 盛岡工場竣工 | ||||
| 1970年 | 10月 | 食品開発研究所竣工 | ||||
| 1975年 | 2月 | 京都工場GMP改装工事完了 | ||||
| 1977年 | 4月 | 学術映画「ガン細胞とたたかう」科学技術庁長官賞受賞 | ||||
| 1982年 | 9月 | 中央研究所本館(現、創薬研究所1号館) 竣工 | ||||
| 1989年 | 4月 | 粘膜防御性胃潰瘍治療剤「ガスロンN」発売 | ||||
| 1989年 | 6月 | バイオテクノロジー関連「膜骨格蛋白質モノクローナル抗体」開発 | ||||
| 1990年 | 10月 | 千歳クリエートパーク竣工 | ||||
| 1991年 | 4月 | ドイツ・デュッセルドルフ事務所開設 | ![]() |
|||
| 1994年 | 4月 | 創薬研究所2号館竣工 | ||||
| 1997年 | 6月 | 東部創薬研究所竣工 | ||||
| 1997年 | 10月 | ニューヨーク事務所開設 | ||||
| 1999年 | 6月 | 千歳合成工場竣工 | ||||
| 1999年 | 7月 | 米国子会社「NS Pharma,Inc.」設立 | ||||
| 2000年 | 12月 | 山科植物資料館 セミナールーム竣工 |
![]() |
|||
| 2001年 | 2月 | 小田原工場新製剤棟竣工 | ||||
| 2002年 | 5月 | NS Pharma, Inc. ニュージャージー州へ移転 |
||||
| 2002年 | 10月 | 小田原総合製剤工場2002年優秀先端事業所賞受賞 | ![]() |
|||
| 2002年 | 12月 | 千歳合成工場、千歳食品工場ISO14001認証取得 | ||||
| 2002年 | 12月 | 合成抗菌剤「プルリフロキサシン」発売 | ||||
| 2003年 | 8月 | 研修センター竣工 | ||||
| 2004年 | 6月 | 東京新社屋「日本橋さくら通りビル」竣工 | ||||
| 2004年 | 8月 | 小田原総合製剤工場ISO14001認証取得 | ||||
| 2006年 | 1月 | 山科植物資料館内に「ミブヨモギ記念館」竣工 | ||||
| 2007年 | 2月 | 名古屋支店新社屋竣工 | ||||
| 2009年 | 1月 | 創立90周年を機に、「日本新薬こども文学賞」を創設 | ||||
| 2011年 | 12月 | 中国・北京事務所開設 | ||||
| 2012年 | 4月 | デュッセルドルフ事務所を英国に移転しロンドン事務所開設 | ||||
社名・社章の由来

当社の創業当初は、まだ純然たる研究開発型の製薬メーカーが少なく、医薬品の大半を外国からの輸入に頼っていた時代でした。『日本新薬』の社名には「日本人の薬は日本人の手で」という決意が込められています。
創業当初の社章は、当社の創始者である市野瀬潜の「市」を「一」に表し、発展を象徴する菱形で囲んだもので、業界では「菱一(ひしいち)」の屋号で呼ばれていました。創立50周年を迎える昭和44年に、新しい企業イメージを確立するために新社章を制作することになり、デザイン専門家を対象に図案の公募を行った結果、応募総数2,503点の中から、大阪市の国賀恵美子さんの作品が採用されました。
現在使われているこの社章は、日本新薬の「日本」を日の丸の円で表し、その中に日本新薬の頭文字である”N”を「飛翔する鳥」にデザイン化したもので、カンパニーカラーである濃紺の地色と白色の”n”のバランスが良く、製薬メーカーにふさわしい清楚な感じとともに躍動的な動きもある個性的なマークになっています。
























