- はじめてのてんかん発作
- 初めての発作は大学2年のこと。平穏な日常が一変しました。
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初めて発作を起こしたのは19歳、大学2年の10月のことです。自宅でオンラインゲームをしていた最中に起こりました。息子本人は覚えていないようですが、ゲーム仲間に「すごい発作で驚いた」と、後から聞かされたそうです。私がちょうどお風呂から上がったときで、息子の部屋から響く音に驚いてドアを開けると、ガクガクしながら床に頭を叩きつけていました。すぐに救急車で搬送され、たまたま当直していた脳神経科の医師に「てんかんかもしれない」と告げられました。
それまで大きな病気をしたこともなく、熱性けいれんすら経験したことがありませんでした。正直、てんかんという病気についての知識もまったくなく、平穏な日常は不安な日々へと一変してしまいました。
- 大学のオンライン授業中にも発作が
- てんかんの治療を始めたものの、薬を変えても併用薬を増やしても改善の見えない日々を過ごしました。
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先生に「1回発作が起きただけでは判断がつかない」と言われましたが、最初の発作から2日後のオンライン授業中に再び同じ症状を起こしました。椅子に座ったまま倒れている状態だったので、すぐに病院に連絡して受診と検査の予約を取りました。
脳波検査によっててんかんと診断され、薬物治療が始まりましたが、なかなか発作をコントロールできず、薬を変えても発作の頻度は落ち着かず、併用する薬がどんどん増えていきました。
- 通学の不安と休学
- 対面授業再開で通学が困難となり、休学して治療に専念することに。
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てんかんが発症したのはちょうどコロナ禍で、授業はオンラインがメインでした。でも、流行が落ち着きだすと対面授業が再開されました。薬物治療が始まったばかりで発作の頻度も予測できない中での通学にはリスクを伴いました。実際、通学途中に倒れて血だらけになり、自力で駅までたどり着いて駅員さんに救急車を呼んでもらうことも何度かありました。とにかく学校に通わせなければという思いだけで、誰にも相談できずに通学させていたこの時期は、いま思うといちばん危険だったかもしれません。
その後、大学の先生や事務本部に相談し、特例としてオンライン授業での出席扱いを認めてもらいましたが、対面でなければ単位を取得できない授業も残っていました。通学中の危険な経験が続いたため、改めて大学と相談したところ、安全面への配慮から、通学には付き添いが必要であるとの説明を受けました。付き添いを付けるためには各種手続きに時間を要すること、また治療に専念する必要があったことから、休学を選択することになりました。休学期間は1年半に及びました。
- 外科手術へ
- 転院先での外科手術により症状は軽減するも、突然倒れる発作はゼロにはなりませんでした。
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複数の薬を併用しても発作が十分にコントロールできないため、長時間ビデオ脳波検査が受けられる大学病院にセカンドオピニオンを求めて出向き、そこでの話を進めるうちに、その病院に通うことになりました。院内のカンファレンスで息子の症例が議題に上がり、研究対象として扱われるようになり、研究公費でPETなどの検査も受けることができました。
そして迷走神経刺激術(VNS)を行いましたが、発作の頻度はあまり減少しなかったため、翌年の夏、脳梁離断術※を受けました。
手術後、突然倒れる発作は大きく減少し、発作が起こらない日も見られるようになりました。一方で、発作の完全な消失には至りませんでした。
- レノックス・ガストー症候群の治療薬を開始
- レノックス・ガストー症候群に対する治療を始めると、発作がコントロールできるように。
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主治医をはじめ先生方は、多彩な症状と脳波所見からレノックス・ガストー症候群を疑っていたそうです。ただ、この疾患は小児期に発症するのが一般的で、幼少期からこれまで症状がまったく認められず、19歳で突然発症というという経過は典型的な患者さんと異なるので、確定診断には至っていませんでした。しかし、術後、発作の完全な消失に至らなかったことから「実はこの病名を疑っており、その治療薬がある」との説明を受けました。レノックス・ガストー症候群の治療薬を服用し始めると、開始用量の段階で発作は抑えられ、3か月間ほどは転倒発作が起こることはありませんでした。服用初期には手の震えもみられましたが、それも次第に治まりました。ただ、眠気が強く出る印象はありました。その後、増量すると発作がやや増加する傾向にあり、眠気もさらに強くなったため、先生と相談して減量してもらったところ、症状は落ち着きつつあります。
先生によると、「併用薬が多いので眠気も出るのだろう」ということで、様子を見ながら他の薬の減量や中止を検討しているところです。
- 生活の変化
- 体と心のバランスを求めて、暑さを避けつつ運動に励んでいます。
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レノックス・ガストー症候群の治療薬を服用開始後は発作も起こらず、以前は脳で理解できても体がうまく動かなかったのが、スムーズに動くようになりました。息子は、リフレッシュと体力維持を兼ねて、私が通うテニスサークルに一緒に参加していますが、複雑なサーブの動きも習得でき、動作の自由度が向上しています。また、日常生活での“良い精神状態”感も高まっているようです。ただ、暑さや心拍数の上昇は発作の発現に影響するようなので、猛暑の中での負荷がかかりすぎる運動は避けて、テニスは涼しくなってから再開しようと考えています。
- 現在
- 発作と学業を両立させ、卒論作成と就職活動に専念しているところです。
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在籍している情報科学部の知識を活かし、息子は自分の心拍数を測定したり、発作時には私も手伝ってスマートフォンアプリ『nanacara※』に記録し、心拍数や他のデータと発作の相関性を分析したりしています。大学1、2年次は成績が良かったものの、てんかん発症後は思うような成績にならない日々でした。特にテスト中に発作が起こると、意識はすぐ戻っても集中力が低下し、難しい問題に対応できないことがあり、またテスト自体も発作に負荷をかけていたようです。その結果、休学、留年も経験しましたが、復学後は単位取得に励み、卒業論文の作成と就職活動に取り組んでいます。
- メッセージ
- 同じ境遇にいるご家族へ:
前向きな人たちのと出会いが支えてくれました。 -
お子さんがてんかんを起こしたら、まずは信頼できる主治医をいち早く見つけて解決策を探ることです。同じ疾患の人が少なく、本人も家族も時に孤独を感じる病気ですが、プラス思考になることや、趣味を見つけるなどして楽しく前向きに生きていこうと考えるのが大切だと思います。
インターネットには悲観的な書き込みが多く、有益な情報を見つけるのが難しかった印象があります。生の声に触れるためにも毎年3月26日に開かれるパープルデーや、患者会・家族会に参加してみてはいかがでしょうか。実際、それらの会に参加したことは、息子本人と私たち保護者にとって貴重な時間となりました。病院や薬についての正しい情報、就職に関する実践的なアドバイスなどを聞くこともできています。親身に向き合い、前向きに乗り越えようとしている人たちとの出会いは、きっと大きな支えになると思います。
