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NEWS 2013
国産初のアンチセンス核酸医薬品としてデュシェンヌ型筋ジストロフィー治療剤の臨床試験開始
日本新薬は独立行政法人国立精神・神経医療研究センター(小平市、理事長:樋口輝彦、以下 国立精神・神経医療研究センター)と、2009年から共同研究を進めてきたアンチセンス核酸医薬品であるデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)治療剤(開発番号:NS-065/NCNP-01)を用いて、今年7月より、医師主導で早期探索的臨床試験を開始する予定ですのでお知らせいたします。本治療剤はジストロフィン遺伝子のエクソン53スキップを目的に開発され、本スキップに応答する変異形式を有するDMD患者さんを対象としており、強力な薬効と高い安全性が期待されるモルフォリノ化合物で合成されたアンチセンス核酸です。
<開発の背景>
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、男児に発症する最も頻度の高い遺伝性筋疾患であり、ジストロフィン遺伝子の変異によるジストロフィン欠損で発症し、筋力低下からやがて死に至る重篤な病気です。「エクソン・スキップ治療」は、アンチセンス核酸と呼ばれる短い合成核酸を用いて、遺伝子の転写産物(mRNA)のうち、タンパク質に翻訳される領域(エクソン)の一部を人為的に取り除き(スキップさせて)、アミノ酸読み取り枠のずれを修正する治療法です。これにより正常なジストロフィンに比べると、タンパク質の一部が短縮するものの、機能を保ったジストロフィンが発現して筋機能の改善が期待できます。この治療でスキップの対象となるエクソンは患者の変異形式に応じて異なり、特にエクソン51スキップは適応となる患者の割合が最多であることから、類薬の治験が開始されています。一方、エクソン53スキップの対象患者はエクソン51に次いで多いとされ、また国内ではエクソン51と同等数との報告もあります。エクソン53スキップを標的とした薬剤の開発は、DMD患者の治療における重要な選択肢として期待されていました。
<開発の内容>
このような背景を踏まえ、日本新薬と国立精神・神経医療研究センターは、エクソン53スキップを誘導する治療薬の開発を目標に、2009年から共同研究に着手し、本年2月には本剤NS-065/NCNP-01の共同開発に関する契約を締結しました。国立精神・神経医療研究センターは神経・筋疾患に関して国際的にも屈指の診療・研究施設としての実績を有し、これまでにもマウス及びイヌなどのDMDモデル動物、並びにDMD患者細胞を用いたエクソン・スキップ治療研究について報告しています。また日本新薬は1980年代から取り組んできた核酸医薬品の研究開発を基盤とした、ゲノム創薬及び核酸合成技術を有しています。共同研究の過程において、日本新薬がエクソン53スキップを誘導する核酸配列を網羅的に合成し、両者で最適化を行った結果、DMD治療剤として最適な配列を見出しました。本剤はこの配列を、強力な薬効と高い安全性が期待されるモルフォリノ化合物で合成したアンチセンス核酸です。これまでに得られた非臨床試験の結果からは、エクソン53スキップに応答する変異形式のDMD患者細胞における有効性が確認されており、病状の進行を抑制する作用を期待することができます。
<今後の展開>
本治療剤の臨床試験は、日本で創製されたアンチセンス核酸医薬品としては国内初であり、またエクソン53スキップを目的としたDMD治療剤の臨床試験としても世界初となります。本試験は国立精神・神経医療研究センターが医師主導として実施する早期探索的臨床試験として、審査当局による計画の承認を待ち、本年7月に開始予定となっています。日本新薬は、今後、国立精神・神経医療研究センターと連携して臨床開発を進めることで、2018年の上市を目指します。また両者は本剤の対象とならない変異ジストロフィン遺伝子を持つ患者さんを対象とする治療薬につきましても、本剤の創製で培った知識と経験を生かして研究開発を進めて行きます。
以上
【用語の説明】
デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)
ジストロフィン遺伝子の異常により、筋細胞の膜を保護するジストロフィンタンパク質が失われるX連鎖性の遺伝性筋疾患で、筋ジストロフィーの中でも最も頻度が高く、男児3500人に1人の割合で発症します。2-5歳ころに転びやすい、早く歩けないなどの症状で気づかれ、その後筋萎縮や筋力低下が進行します。10歳代前半までに自立歩行不能、車椅子生活となり、一般的には20-30歳代で呼吸不全あるいは心不全で亡くなるとされています。現在、進行の経過を遅らせるステロイド剤以外に、有力な治療法は存在せず、新たな治療法の開発が期待されています。
エクソンの欠失とアミノ酸の読み枠
DMDはジストロフィン遺伝子の様々な変異で発症しますが、エクソン(アミノ酸を経てタンパク質に翻訳される領域)の一部が欠失する変異のDMDでは、メッセンジャーRNA(mRNA) がアミノ酸へ翻訳される過程で、正常なアミノ酸の読み枠にずれ(アウト・オブ・フレーム)が生じます。その結果、本来アミノ酸に翻訳されるべき読み枠が、翻訳停止を意味するようになり、ジストロフィンへの翻訳が途中で停止します。しかし変異があってもアミノ酸の読み枠が保たれている場合(イン・フレーム)、途中が一部短縮するものの、本来の位置まで翻訳されたほぼ正常に機能するジストロフィンが産生されます。
エクソン・スキップ治療
タンパク質に翻訳されない領域(イントロン)を含むmRNA前駆体は、スプライシングによってイントロンが切り出されて、エクソンのみで構成された mRNAとなります。スプライシングはスプライソソームと呼ばれる分子が司りますが、この分子はエクソンとイントロンの境界部またはエクソン内部に特徴的な塩基配列を認識して作用します。これらの配列に相補的なアンチセンス核酸が存在すると、スプライソソームはそのエクソンを認識できず、イントロンと同様に切り出されてmRNAには含まれなくなります。このようにアウト・オブ・フレームとなるエクソンの並びから、イン・フレームとなるように標的エクソンを取り除き、短縮するもののほぼ正常に機能するタンパク質の発現を誘導する手法をエクソン・スキップといいます(図)。
A) エクソン48からエクソン52までを欠失したDMDでは、エクソン47とエクソン53が接続したmRNAができますが、アミノ酸の読み枠にずれが生じ(アウト・オブ・フレーム)、ジストロフィンが発現しません。B) しかし本剤NS-065/NCNP-01でエクソン53をスキップさせ、エクソン47とエクソン54が接続すると、アミノ酸の読み枠のずれが解消し(イン・フレーム)、短縮するもののほぼ正常に機能するジストロフィンが発現します。